yu-さんからSSをいただきました!どうもありがとうございます^^

■ 喜緑さんの憂鬱

 では、お話しましょう。
 アフターコロニー20××年。
ついに地球連合に対する大攻勢を断行した情報統合思念体の一派は、火星に敷かれた対太陽系外防衛線をやすやすと突破。
地球側が大慌てで最終ラインを月まで下げるのを目前にして、悠々と後続部隊の集結を待っている状態でした。
司令官は、星空を埋め尽くさんばかり(少なくとも地球人から見れば)の大艦隊を見回しています。
実際数日中にはその言葉は比喩でもなんでもなくなってしまうのですが、司令官はそれを誰より理解していながらも、
しかし一抹の不安を抱いていたのでした。
 一方その頃、私たちTFEIの3人は、いわゆるスパイとして日本のとある学校に通っていました。
司令官が唯一危惧する不安の種、たった1機で戦況を左右する可能性のある、現地名『スーパーロボット』の存在。
私たちの役割は、そのパイロットとなる可能性のある学生の調査です。
 私たちは『ロボット』なる概念を持ってはいませんでした。『スーパー』ならなんとなく分かりますけれど。
広義的に解釈し、さらにところどころ曲解を重ねに重ねれば、役割は違えど、何処となく私たちに似ていたりするのでしょうか?
 いえ本当に、どうでもいいのですけどね。
 あとは実際に見てきた長門さんたちの感想です。
「……ドリルが重要らしい」
 えぇ、はい。…………はい? ドリル、ですか? 地面を掘るアレですよね。
いえいえ、そもそもそこまで行ったのならどうして破壊してこなかったんですか? もしくは情報とか―――。
「2個体分の攻性情報では不可能。それは3個体でも同じ。スーパーロボットは地球側にとってもブラックボックス。
サーチは受け付けず、サーバーにも有益な情報は皆無」
 長門さんはもう一度「しかしドリルが重要」と呟いて、吸い込まれるようにコタツと読みかけの本に戻っていきました。
長門さん? いつものようにクールビューティーを気取るのはかまいませんよ。
でもなんですか、その『好敵手を見つけた』とでも言わんばかりのギラギラと輝く瞳は。
長門さんらしからぬその薄い本、逆さまですよ? その裏で何を読んでいるんですか……漢和辞典?
やけに漫画チックな暑苦しい表紙の…………、違う。それは……『オトコ和辞典』!!
漢なら拳で語り合えって、長門さん、本当に攻性情報足りなかったんですか……!?
「ねぇ、喜緑さん。私は?」
 えぇ、朝倉さん。ほんの少し待って頂けますか? 今 fixed mind してますので……、はい。もう大丈夫です。
どうぞ報告、いえ感想でも。何もしてこなかったということはもう分かったので。
「え……感想? う〜んと、えっとね…………」
 はい! もういいですよ無能さん。そのやたらもじもじするのは異性の前でだけにしてください。気持ち悪いですから☆
「えぇ!? そんなこといったって……んんっと、あっ! そう、なんだか、エロかったかな……。ドリルが……」
 はい! もう死んでいいですよ淫乱さん。何で顔を赤らめてるんですか、マジ死ね☆
「だ、だって…………そ、そうだ。名前は分かったのよ、スーパーロボットの」
 名前ですか、まぁいいでしょう。その汚い口を開くことを許します。
「……キョン」
 それはまた……なんとも間の抜けた……。
「パイロットは涼宮ハルヒで間違いない。こちらも破壊は不可能」
 いつの間にか、長門さんが漢和……オコト和辞典から顔を上げて私を見つめていました。良い所を取っていくつもりなのでしょうか?
 ともかく、そのキョンとかいうロボットはブラックボックスだらけな上、ある種のESPのある人間でないと操縦することができない
というのが、地球側の見解でした。
彼らにしてみれば、それに該当する人物こそが涼宮ハルヒ。
問題なのは、私たちにとっても彼女の力が、それこそESPなんていう小さな概念には収まりきらないほど強大なものだった
ということです。
 全ては、そう……3年前のことでした。

「…………みり、……緑えみり…………おきて、喜緑エミリ」
 ……ディスククリーニング中断。私は目を覚ましました。正確には、睡眠を取っているわけではないのですが。
同時に今のも夢というわけではないのです。しかしまぁ、メカニズムとしてはほとんど同じなので、つまりは夢オチです。
「朝倉涼子から連絡があった。今日の夕食はおでん」
「……はぁ、それはまた時期はずれですね」
「問題ない」
 私はゆっくりと上半身を持ち上げました。しかしなんともおかしな夢を見たものです。
最近朝倉さんに読まされたSF漫画の影響でしょうか?長門さんの部屋に居ると手持ちぶたさになることが多いので、
彼女自身そこまで熱心ということは無いのでしょうが、いつの間にか朝倉さんの所有する漫画の数は増えているようです。
私も、やはりそんなに興味はないのですが、時折ご相伴に預かっています。
 そんなことを考えていると、玄関でチャイムが鳴りました。長門さんは……どうやら鳴る前に玄関前に待機していたようです。
「こんばんわ、長門さん。喜緑さんは来てる?」
「いる。帰宅時からずっと」
「…………そ、そう。じゃあ、上がらせてもらうわね」
 そんな会話が聞こえてきました。朝倉さん、きっと髪が波打ってますね。……ふふ。
 2人が来ないうちに、私はディスククリーニングの最終シークエンスを表示させました。
朝倉さんの漫画のタイトルが数冊分列挙されて、
―――これらのファイルを完全に消去しますか?
―――はい  いいえ
 実際問題、無駄なファイルです。私は少しだけ悩みましたが、結局。
―――はい  いいえ←
「……こんばんわ、喜緑さん?」
「えぇ、こんばんわ。お先にお邪魔させてもらっています。鍋が重そうですね、手伝いましょうか?」
「……気にしないで。長門さんも、温め直すから座って待っててね」
 肯いて、長門さんは席につきました。私のほうを気にしているような視線がありましたが、もちろん私は気がついていませんので。
 彼女はきっと理解してはいないのでしょうが、違和感を感じているのでしょう。違和感、というのは少し違うのかもしれませんが。
 全ては、そうですね。やっぱり3年前です。……もう聞き飽きたかもしれませんね?

「3年後、朝倉涼子は異常動作による独断専行を行い、処分される」

 情報爆発、次元震による断層、神の降臨、世界創造。
 涼宮ハルヒに関しては諸説ありますけれど、ぶっちゃけ私自身はあまり彼女に興味がありませんでした。
私の主体は情報統合思念体の穏健派と呼ばれる一派ですが、あれは単に大人なポーズを気取って
自らの薄っぺらいプライドを満たしたいだけの集体です。
肉体を本体とする私では、情報統合思念体の思考の上っ面しか理解できていないことは分かっていますけれど。
なので、私は本当にただのお目付け役でした。長門さんと朝倉さんにも、少々の愛着くらいはありましたが、逆に言えばそれだけです。
私は静かに、何事も無ければいいと、本気でそう考えていたのです。
 それまでほとんど接触のなかった長門さんの部屋に呼び出されたのは、七夕の日の、かなり遅くの時間でした。
長門さんは、なぜか眼鏡をしていませんでした。
「……誰かいたのですか?」
 残留情報が二人分残っていました。ほんの微弱なものです。
おそらく長門さんがほとんど処置してしまったのだろうと考えましたが、
長門さんの部屋への来客の心当たりが全く考えつきませんでした。朝倉さんか、私くらいのものです。そして私はここにいます。
「私は今、3年後の異次元同位体とリンクしている状態にある。この許可はあと3分で取り消され、関係する記憶領域は削除される。
その前に、貴方に聞いてほしいことがある」
 私がTPDDの痕跡を拾って少し驚いている間に、彼女はそんなことを言いました。
「覚えておいてほしい。3年後、朝倉涼子は異常動作による独断専行を行い、処分される。多分。日時までは特定できない。
不特定要素多数」
「! …………私の記憶領域に削除要請はかかっていません。覚えておきます。
でも、現在の彼女には全く問題がないように思えますけれど」
「……3年後の彼女の存在は確定事項。この時間での処分は検討されていない。近く、大掛かりなチェックが行われる」
 そういって彼女は眼鏡をかけました。彼女特有の無機質なオーラが、一回り増したような感覚があって、私はただ、
平穏な生活は期待できないのだろうと、それだけを考えました。
「…………なに?」
「いいえ、なんでもありません。少し挨拶に来ただけです」
「……そう」
 彼女は疑問に思うべきだとは思ったのですが、そのときは彼女のそういったところに甘える形になりました。
本当にただ2、3言だけ言葉を交わして、私は部屋を出たのです。

「3年後、朝倉涼子は異常動作による独断専行を行い、処分される」

 その日以来、少なくともその以前に比べれば、長門さんは積極的に朝倉さんに関わっているように見えました。
それは私も同じなのだろうと思います。
客観的に見れば、朝倉さんが全てを先導して、私たちをまとめたように見えたのでしょうけど。
 女3人、寄れば姦しくあるべきだったのでしょうか?
 長門さんは出不精ですから、どうしても彼女の部屋に集まることが多くなってしまい、結局私たちはわりと静かに
それからの3年を過ごしました。私の予定にはなかったことです。
 長門さんは相変わらず本ばかり読んでいますし、朝倉さんは料理を始めたり、長門さんに合わせて本を読んでみようとして
挫折したりしていました。その後は漫画に流れてしまったようですけれど。
思えば、私が一番無趣味だったような気がします。
そのせいもあってか、私は彼女たちより年上だという設定で、彼女たちよりも先に学校に通うことになりました。
本当に必要な情報だけを取得することにしていましたから、授業は意外と面白いものでした。
ほとんどが私たちの持たない概念だったから、ということもあります。
そんな私を、彼女たちは不思議そうに見ることがありました。
「喜緑さん、教えてあげるわよ?」
 不必要な情報までどんどん取得してしまう朝倉さんは、長門さんの家の居間で宿題を広げる私を見て、よくそんなことを言いました。
派閥の関係上、私たちはお互いに馬の合わないポーズをとっていましたが、たいていの場合、
私はその言葉に甘えることにしていました。
彼女はどうもそういうのが好きならしかったので。とても楽しそうに、いえ、もしかしたらあれは私より上に立っている事実に対する
優越感によるものだったのかもしれません。
 この世界には、呪いという言葉があるようです。今の私を表すには、とても適当な言葉だと思いました。
つまり私は、長門さんの言葉という呪いに囚われているのです。
それは長門さんも同じ―――彼女は覚えているわけではないので完全に同じというわけではないのですが、近いものがあるようです。
ただ、長門さんは時折、なにか別の要因と勘違いしているような節がありましたけれど。
 状況は同じです。私が彼女の部屋で宿題を広げて唸っているとき。
やっぱり長門さんは本を読んでいるわけなのですが、ふと私の手元に目を向けることがありました。
私は大抵、気がつかない振りをします。広げている宿題は国語の現代文。古文系統は得意なのですけれどね。
長門さんは私の手元を眺めながら、ふと―――。
全方位である私の視界の『死角』から、空気分子を全く振動させず(つまり完全な無音で風圧もゼロ)、さらには位置存在情報を
ナノ秒単位で消去しながら、私の手からシャーペンを取り上げました。
ちょっと驚きました。なんとも無駄なことをしますね、という気分もありましたけれど。
「答えはこう……」
 思えば、長門さんは私と朝倉さんに比べて明らかに頻繁に情報操作を行っていました。
その大部分が位置存在情報の消去だということには、さすがは長門さんと思うしかないのですけれど。
今思えば、あれは彼女なりの気分転換か何かだったのかもしれません。
長門さんが気分転換をする、その本当の意味合いを私が知っているわけではなかったのですが、大体そんな風に考えていました。
 ところで、長門さんの書いてくださった答えはあまりにも綺麗な字で明朝体すぎたため、失礼ながら書き直させて頂きました。

 私はつらつらとそんなことを考えていたので、長門さんがシャーペンを取るのと同じ要領で皿や箸を並べてくれていたのには
気付きませんでした。そんな態度はどうやら朝倉さんの癪に障ったようです。
少し荒々しくテーブルに置かれたおでんの鍋が、私を思索の世界から引き戻してくれました。
「まったく……。さぁ、食べましょ。長門さん、準備手伝ってくれてありがとうね」
「……いい」
「すみませんでした。あら、相変わらずおいしそうですね」
「ありがと。お世辞でも嬉しいわ。じゃあ、いただきます」
「……いただきます」
「いただきます」
 おでんを頂きながら思ったことは3つでした。
ひとつは、朝倉さんの料理が、お世辞抜きで本当に上手くなったこと。
ふたつは、3年前に比べれば、3人寄った私たちは少しは姦しくなったなということ。
特に朝倉さんは、最近は長門さんにべったりになってしまいました。
 そしてみっつめはつまり、あの長門さんの言葉から、3年経ってしまったのだということでした。
 長門さんたちが話している隙を見計らって、私は朝倉さんを軽く観察してみました。最近よくしていることです。
彼女は、少なくとも学校外では、何の問題があるようにも思えませんでした。
表面上、異常動作に繋がるようなストレスやバグがあるようには。
「最近、涼宮さんの様子はどうですか?」
 だからかもしれません。あまりこの部屋ではする機会のない、この話題を口に出してみたのは。
 長門さんは私の目をじっと見つめて、朝倉さんは、
「…………そうね、ちょっと元気がないような感じだけど。本当にそれくらいよ。……SOS団だっけ?
実は期待してたんだけどね、あんまり変化してないみたい」
 ほんの少し違和感を感じはしましたが、朝倉さんは長門さんに視線を移していたので、私も長門さんの言葉を待つことにしました。
「あまり上手くいっていない。今はまだ、明確な結果を出せる状態ではない」
「……キョン君は、どう? 私も少し焚付けてみたりするけど、あんまり効果ないみたい。二人とも似たもの同士なのかしらね?」
「…………そう」
 ほんのちょっとした変化でしたけれど、朝倉さんの目が眇められたような気がしました。
私は初めて、彼女の態度に明らかな違和感を感じました。
そのついでに、さっきから気になっていたことを聞いておくことにします。
「長門さん、その本はどうしたんですか? 最近ずっと読んでいるみたいですけど」
「…………」
 長門さんはその本を大事そうに手元に引き寄せて、
「……図書館で、借りてきた」
 私は少し驚きました。彼女にそんな発想があったなんて、とか考えていたわけではありません。
なにせ私自身、その発想が全くなかったのですから。
長門さんが購入した本だらけの自室を見ているから、というのも理由のひとつだったのかもしれません。
「珍しいわね……、自分で行ったの?」
 朝倉さんも同じ気分だったようですが、なぜかその視線には、どこか詰問するような雰囲気が混じっていました。
「…………彼が、連れて行ってくれた」
 荒々しく、箸が置かれる音が響きました。朝倉さんでした。
見る前に分かったのは、私が朝倉さんのことを気にして多少気を張っていたからで……。
なので……よくよく思い出してみれば、そんなに驚くほど大きな音でも挙動でもなかったのでしょうか?
「ごめんなさい、私ちょっとやらないといけないことがあるから、先に帰らせてもらうわね。
あまったおでんは冷蔵庫に入れておいてくれる?」
「わかった」
「うん。おやすみなさい、長門さん。喜緑さんも」
「え……ええ、はい。おやすみなさい、朝倉さん。また明日……」
 長門さんは特に気にしていないようでしたが、本は、すでに脇に置かれていました。

 その深夜。私は自室でじっと、聞き耳を立てていました。といっても、耳を澄ませていたわけではありません。
情報の伝達・通信に対して、網を張っていました。
 ……長門さんの部屋には、さっきからダミーの情報を流し続けています。彼女は気付いていないようです。
こういった方向性の情報操作は、私のほうが得意ですから。
 私はただ待っていました。
 そうして何時間待ったかわからなくなった頃、私は52層のダミーと1128693通りの暗号を突破して、
ひとつの通信記録を拾い上げていました。
朝倉さんと情報統合思念体との通信ですので、言葉では内容を表現できません。
ただ、外観をまとめるなら、
「行動を起こせ」
「単独で」
「気取られずに」
「不確定要素」
「抹消」
「涼宮ハルヒの出方を見る」
 長時間の情報操作の負荷が溜まりすぎて、私はその場に倒れました。

「3年後、朝倉涼子は異常動作による独断専行を行い、処分される」

―――てっるてっかわ ?ょしでんなきすとこのんくンョキ―――
 長門さんの、情報制御空間への侵入のサポートをしてから、私はただその外側で座り込んで、聞き耳を立てているだけでした。
「じゃあ、死になさい」
 下を向いていました。
「膠着状態をどうにかするチャンスだと思ったんだけどな……」
 黙っていました。
「それまで、涼宮さんとお幸せにね?」
 最後まで、動くことができませんでした。
「じゃあね…………!」
 泣いては、いませんでした。

 その夜、学校から帰ってきた長門さんは、勝手に家に上がって待っていた私の非礼については何も言いませんでした。
彼の手前、何事も無かったような顔をした、その表情のままで、彼女は私の隣に座りました。
「彼女を処分した」
 そこで初めて、私は長門さんの顔を見ました。長門さんは眼鏡をかけていませんでした。
3年前私に呪いを打ち込んだ、あの長門さんになっていました。
「…………喜緑エミリ、頼みがある」
「……はい、なんですか」
「ここにいて欲しい」
「ええ、私も……そう思っていました」
 私たちは次の日の朝まで、長門さんが彼の前でそうした、
あの何事も無かったかのような顔を取り戻すまで、ずっとそうしていました。
 
 私たちは二人とも、泣き方を知りませんでした。



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